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STORY 2

Auteur: 笠井未久
last update Date de publication: 2026-05-28 10:13:23

初めて彼の家の庭で会った時、一瞬でその瞳から目が離せなくなった。

『こんにちは』

 華やかで社交的な元樹とは真逆の、どこか影のある漆黒の瞳。心地よく耳に響くテノール。

 それから私は、彼の姿を探すようになった。実家には住んではいないようで、仕事の関係で実家に戻っている時だけ姿を見ることができた。

 遠くから見ている私に、元樹はすぐに気づいたと思う。

『兄貴はやめた方がいい』

 元樹がそう話す理由は聞きたくなかったし、もちろん彼ほどの人に決まった女性がいないわけがないし、別に彼の特別になりたいなど微塵も思っていなかった。

 私は奥手な人間だったし、ただ見るだけで満足していた。

 しかし、だんだんと月日だけが経ち、恭弥さん、恭弥さんとアイドルのように騒いでいる私に、現実を知った方がいいと、元樹がこのパーティーに誘ってくれたのだ。

 もちろん、恭弥さんは私のことなど知るはずもない。挨拶程度しかしたことのない女が、ずっと想っていたなど、一歩間違えばストーカー行為だ。

 ほとんど会話らしい会話をしたことすらない、元樹のたくさんいる友人の中のひとり――そんな立場の私。

「別にいいの。私は結婚願望もないし、本当に芸能人みたいなものなの。最後にひと目だけ見たかっただけ。自分への誕生日プレゼント」

 私は、今日でこのホテルを退社して、実家へ帰る予定をしている。

 仕事も楽しいし、やりがいも感じていたが、実家の母の体調が悪く、和菓子屋を営んでいるため、それを手伝うことにしたのだ。

 この年まで好きにさせてくれた両親には、とても感謝をしている。

「そんなこと言ってると、あっという間にばあさんになるぞ?」

 今日の元樹は、シルバーグレーの明るめのスリーピースに、胸元には赤のスカーフ。ダークブラウンの髪はカチッと固められている。

 華やかな印象で、少し軽そうに見える彼だが、本当に優しく、一途に好きな人を想っている人だ。

 だからこそ、ずっと夢見がちなことを言っている私に優しくしてくれているのかもしれない。

「元樹さん」

 そんな話をしていると、彼を呼ぶ声に私たちは振り返った。そこには今日の主役である彼のご両親、そしてその後ろには、すごいオーラを放った男性が一緒だった。

 その姿に、ドキッと胸が高鳴る。

「紹介するよ。知ってると思うけど、俺の友人の近藤咲良」

「ご無沙汰しております」

 何度か彼の実家で顔を合わせているが、私たちのことをあまりよく思っていないことも知っている。

 仕事だと言い聞かせて微笑み、頭を下げれば、元樹の父である昭三氏が私たちを見た。

「相変わらずなのか? 元樹」

「まあ、そうですね」

 クスッと肩をすくめた彼に、私はハラハラしてしまう。御曹司と言っても、彼は自分のやりたいことを貫いていて、デザインの世界に身を置いている。本来ならば、恭弥さんを手伝い、会社を支えていく人間のはずだ。

『俺は息子だと思われてないし』

 少し悲しげにそう言っていた元樹を思い出す。そんな理由もあり、少し気まずい空気が流れる。

「それぐらいにしては?」

 そんなお父様と元樹の間に入るように、恭弥さんが口を挟む。笑みを浮かべているのだが、冷たそうに見えるその微笑みに、何とも言えない緊張感が漂う。

 しかし、久しぶりに恭弥さんを見られただけで、私はなんとなく満足してしまっている自分に気づく。

 アイドルのライブに来たような気分になってしまい、私はキュッと顔を引き締めた。

「私たちは挨拶をしてくる」

 恭弥さんの言葉に、ご両親はため息をつき、そう言葉を残すと、私たちの元から離れて行った。

 その後ろ姿を見送っていると、後ろから声が聞こえた。

「もう少し愛想よくしたらどうだ? 普段は振りまいてるくせに」

 嫌味も混じったその恭弥さんの言葉に、元樹がうんざりといった表情を浮かべた。

「別にいいんだよ。兄貴には申し訳ないけどな」

 今日の恭弥さんは、元樹とは反対に、ブラックのスリーピースを大人の雰囲気満載で着こなしている。髪も比較的緩くセットされていて、額に髪がかかっていた。

 切れ長の漆黒の瞳に、筋の通った鼻。色気のある唇。ただそこにいるだけで、周りの視線を集めてしまうほど存在感のある人だ。

 ふたりのやり取りを見ていて、仲が悪いというわけではなさそうで少し安堵する。

「今日はパートナーが一緒か? 珍しいな」

「ああ、友人の咲良。今日が誕生日なんだ」

「初めまして、咲良さん。そして、おめでとうございます」

 何度か会ったことがあったが、やはり覚えていなかったのだと、少し落ち込む自分がおかしい。今日はメイクも服装もプロの手でやってもらい完璧だが、いつもは地味な上に、弟の友達など興味もなかったはずだ。

「初めまして。ありがとうございます」

 そんな気持ちを隠して頭を下げ、仕事のような笑みでお礼を伝える。

 そんな時、元樹の元へひとりの女性が歩いてくるのがわかった。

「元樹……」

 元樹が付き合っていた女性で、花恋さんという、元樹が今でもずっと想っている人だ。

 このホテルのパティシエをされていて、甘党の元樹が買いに行って出会ったと聞いている。

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