Se connecter初めて彼の家の庭で会った時、一瞬でその瞳から目が離せなくなった。
『こんにちは』
華やかで社交的な元樹とは真逆の、どこか影のある漆黒の瞳。心地よく耳に響くテノール。
それから私は、彼の姿を探すようになった。実家には住んではいないようで、仕事の関係で実家に戻っている時だけ姿を見ることができた。
遠くから見ている私に、元樹はすぐに気づいたと思う。
『兄貴はやめた方がいい』
元樹がそう話す理由は聞きたくなかったし、もちろん彼ほどの人に決まった女性がいないわけがないし、別に彼の特別になりたいなど微塵も思っていなかった。
私は奥手な人間だったし、ただ見るだけで満足していた。
しかし、だんだんと月日だけが経ち、恭弥さん、恭弥さんとアイドルのように騒いでいる私に、現実を知った方がいいと、元樹がこのパーティーに誘ってくれたのだ。
もちろん、恭弥さんは私のことなど知るはずもない。挨拶程度しかしたことのない女が、ずっと想っていたなど、一歩間違えばストーカー行為だ。
ほとんど会話らしい会話をしたことすらない、元樹のたくさんいる友人の中のひとり――そんな立場の私。
「別にいいの。私は結婚願望もないし、本当に芸能人みたいなものなの。最後にひと目だけ見たかっただけ。自分への誕生日プレゼント」
私は、今日でこのホテルを退社して、実家へ帰る予定をしている。
仕事も楽しいし、やりがいも感じていたが、実家の母の体調が悪く、和菓子屋を営んでいるため、それを手伝うことにしたのだ。
この年まで好きにさせてくれた両親には、とても感謝をしている。
「そんなこと言ってると、あっという間にばあさんになるぞ?」
今日の元樹は、シルバーグレーの明るめのスリーピースに、胸元には赤のスカーフ。ダークブラウンの髪はカチッと固められている。
華やかな印象で、少し軽そうに見える彼だが、本当に優しく、一途に好きな人を想っている人だ。
だからこそ、ずっと夢見がちなことを言っている私に優しくしてくれているのかもしれない。
「元樹さん」
そんな話をしていると、彼を呼ぶ声に私たちは振り返った。そこには今日の主役である彼のご両親、そしてその後ろには、すごいオーラを放った男性が一緒だった。
その姿に、ドキッと胸が高鳴る。
「紹介するよ。知ってると思うけど、俺の友人の近藤咲良」
「ご無沙汰しております」
何度か彼の実家で顔を合わせているが、私たちのことをあまりよく思っていないことも知っている。
仕事だと言い聞かせて微笑み、頭を下げれば、元樹の父である昭三氏が私たちを見た。
「相変わらずなのか? 元樹」
「まあ、そうですね」
クスッと肩をすくめた彼に、私はハラハラしてしまう。御曹司と言っても、彼は自分のやりたいことを貫いていて、デザインの世界に身を置いている。本来ならば、恭弥さんを手伝い、会社を支えていく人間のはずだ。
『俺は息子だと思われてないし』
少し悲しげにそう言っていた元樹を思い出す。そんな理由もあり、少し気まずい空気が流れる。
「それぐらいにしては?」
そんなお父様と元樹の間に入るように、恭弥さんが口を挟む。笑みを浮かべているのだが、冷たそうに見えるその微笑みに、何とも言えない緊張感が漂う。
しかし、久しぶりに恭弥さんを見られただけで、私はなんとなく満足してしまっている自分に気づく。
アイドルのライブに来たような気分になってしまい、私はキュッと顔を引き締めた。
「私たちは挨拶をしてくる」
恭弥さんの言葉に、ご両親はため息をつき、そう言葉を残すと、私たちの元から離れて行った。
その後ろ姿を見送っていると、後ろから声が聞こえた。
「もう少し愛想よくしたらどうだ? 普段は振りまいてるくせに」
嫌味も混じったその恭弥さんの言葉に、元樹がうんざりといった表情を浮かべた。
「別にいいんだよ。兄貴には申し訳ないけどな」
今日の恭弥さんは、元樹とは反対に、ブラックのスリーピースを大人の雰囲気満載で着こなしている。髪も比較的緩くセットされていて、額に髪がかかっていた。
切れ長の漆黒の瞳に、筋の通った鼻。色気のある唇。ただそこにいるだけで、周りの視線を集めてしまうほど存在感のある人だ。
ふたりのやり取りを見ていて、仲が悪いというわけではなさそうで少し安堵する。
「今日はパートナーが一緒か? 珍しいな」
「ああ、友人の咲良。今日が誕生日なんだ」
「初めまして、咲良さん。そして、おめでとうございます」
何度か会ったことがあったが、やはり覚えていなかったのだと、少し落ち込む自分がおかしい。今日はメイクも服装もプロの手でやってもらい完璧だが、いつもは地味な上に、弟の友達など興味もなかったはずだ。
「初めまして。ありがとうございます」
そんな気持ちを隠して頭を下げ、仕事のような笑みでお礼を伝える。
そんな時、元樹の元へひとりの女性が歩いてくるのがわかった。
「元樹……」
元樹が付き合っていた女性で、花恋さんという、元樹が今でもずっと想っている人だ。
このホテルのパティシエをされていて、甘党の元樹が買いに行って出会ったと聞いている。
どうして今更。こんな偶然なんてありえない。 ハザードランプをつけて降りてきた人は、相変わらずすごいオーラを放っていて、無意識に一歩後ずさる。 そしてすぐに私は走り出した。それは計算したものではなく、なぜか彼から逃げなければと咄嗟に思った。しかし、サンダルが引っ掛かり、転びそうになってしまう。 支えられるように手を掴まれて、私は驚いて彼を見据えた。「子供は!?」「どうしてそれを……」 つい零れ落ちてしまったそのセリフに、私は一瞬で青ざめた。 今の言葉は、子供の存在を認めてしまったということだ。 あの夜以来、久しぶりに見た恭弥さんは、少しやせた印象も受けたが、ビシッとスーツを着込んでいて、ほとんどノーメイクの私とは別世界の人だということを実感する。「どうして連絡しなかった!」 強い口調の彼に、私はキュッと唇をかみしめる。どうして二年ぶりに急に現れて、こんな言われ方をしなければいけないのだ。「連絡して欲しかったんですか?」「当たり前だろ!」 即答されるも、自嘲気味な笑みがこぼれる。「どうして? 元樹から私を離すためだけに、私を抱いたくせに」 自分で放った言葉が、自分を傷つける。そんなことわかっていたのに、私の口からは次々と言葉が零れ落ちる。「なんでしたっけ? あなたと寝なければ、あのバーテンダーと寝てたんでしたっけ?」「それは――!」 まさか起きていたとは思っていなかったようで、恭弥さんの顔色が変わる。 さきほどまで私を責めていた時とは違い、顔が真っ青だ。「それに、どうして今更? あれから何年経ったと思ってるんですか? 私が連絡しなかったから何なんですか?」 もう止められなかった。彼だけを責めることなどできないとわかっていたが、いきなり現れてこんなことを言われたくない。 そこへ、道路をふさいでいた彼の車に、後ろから来た車がクラクションを鳴らす。「咲良、お願いだ。話がしたい」「私はありません」 即答すると、恭弥さんは何かに耐えるような表情を浮かべた。「話し合いに応じてくれなければ、親権を争ってもいい」 想像もしていなかったそのセリフに、私はキッと彼を睨みつけた。「信じられない……」 血が滲むほど、私は自分の手を握りしめていたと思う。こんな人をずっと想っていた自分に嫌気がさす。「何時なら出られる? 迎えに行く」
「お母さん、本当にごめんなさい。ひとりで産み育てたいの。しばらくここにいてもいい? 町中の噂になるかな……」 海辺の小さな町ということで、未婚の母親ということで何か言われるかもしれない。昔からの老舗の和菓子屋の我が家だ。信用商売かもしれない。「バカね。そんなもので、お父さんの味に何かあるわけないでしょ?」 クスッと笑うと、母は立ち上がった。「さあ、お父さんは怒るかもしれないわよ?」「それは覚悟してる」 そう答えるも、父に話せば「そうか」とだけ言っただけだった。 そんな両親に感謝しつつ、私は店を手伝いながら、近所の人たちにも見守られ、弥生を出産した。 予定日より少し早く産まれてしまい、NICUにしばらく預けられた時は、一緒にいられず寂しい思いもしたが、今は普通に育っていて元気いっぱいだ。 そんなことを思い出しながら、リビングへと向かう。一階は店舗と作業場スペースになっていて、二階、三階が住居部分になっている。 弥生には階段が危ないので、私と弥生は二階のリビングの隣の和室で眠っていて、三階に父と母の部屋がある。 店は父と、最近結婚して近所に住んでいる兄とその奥さん、そして数名の従業員で経営していて、このあたりではお茶請けや茶道教室などからも贔屓にしてもらっている。 都内からも近いこともあり、休日は観光客も多く来る場所だ。 そんな中、母も元気になり、兄が結婚したことで、今はほとんど私がすることはなく、むしろみんなに子育てを助けてもらっていて、本当に幸せ者だ。「咲良、自分のご飯はやりなさいよ」「はーい」 すでに弥生に離乳食をあげてくれている母にお礼を伝えると、すでにできていた味噌汁、焼き魚などを盛りつけ、弥生の隣へと座った。「おいしいね」「あーい」 漆黒のぱっちりした目は恭弥さんにそっくりで、髪の毛は私のくせが遺伝したのか、弥生の髪はクルクルとしている。 その髪を最近はツインテールにして、赤いリボンをするのがお気に入りのようだ。 かわいい私の弥生。 父親がいなくても、こうしてみんなに愛されて本当によかった。 店の手伝いをしつつ、弥生と遊んでいると、一日があっという間だ。「咲良、にんじんがなかった! 弥生も食べるから、すぐに買ってきて」「わかった。お義姉さん、弥生お願いしてもいい?」 兄の奥さんも今妊娠中で、夕飯はうちで食べ
柔らかい小さな温もりを感じて、私はゆっくりと目を開いた。 カーテンから漏れる光から、もう朝だということは理解した。その刹那、「マー」という可愛らしい声とともに、ドンとお腹の上に重みを感じた。「弥生、おはよう」 少し前から起きていたようで、一歳三か月になったばかりの弥生は、私の胸のあたりまでよじ登ると、ニコッと笑った。「お腹すいた?」「あー」 まだ言葉は話せないが、だいぶこちらの言っていることがわかるようになってきた弥生は、なにやら声を発しながら立ち上がった。「じーじはお店だけど、ばーばは起きてるかな?」 そう言いながら私も起きると、二組敷いてある布団をたたみつつ、弥生に声をかけた。 あの夢のような一夜を過ごし、私は予定通り実家に戻った。元樹には連絡をしなければと思っていたところで、私は妊娠していることに気づいた。 今でも思い出すと、あの日の行動が正しかったのかわからない。 実家に戻ってすぐは、母の入院や店の手伝いなど、慌ただしく過ぎていて、初めに感じた体調不良は気のせいだと思っていた。 しかし、母も退院して体調が戻ってきたころ、地元で何か仕事を探そうかと思っていた矢先だった。急激な吐き気に襲われ、トイレへと駆け込んだ。『ねえ、咲良。赤ちゃんいるってことはない?』 その様子を見ていた母の言葉に、私は頭が真っ白になった。母に言われるまで、そんな可能性を一ミリも考えていなかった自分を呪う。 あの夜、シャワーの時――。 なぜ大丈夫などと言ったのか。今更それを呪っても仕方がない。 もしかしたら。 病院へ行く勇気はなく、こっそりと妊娠検査薬を買ってきて、張り裂けそうなほどドキドキしながらトイレで検査をする。 それほど時間を要することなく、くっきりと表れた赤いラインに、冷や汗が零れ落ちる。 なかなか出てこない私に、母が心配そうに外からノックをした。静かにドアを開ければ、そこには心配そうな母の顔。 呆然とする私に、すぐに母も結果を察知したようで、思いがけない言葉を続けた。『ねえ、もしお母さんのせいで帰ってくるために別れたとか、そういうことなら、もう大丈夫よ。東京に戻ったら?』『違うの!』 咄嗟にそう叫んだ。 母のせいで別れたのではなく、母のことを理由にして私が彼を誘惑したのだ。 どうせ最後なら思い出が欲しい。でも、それは彼にも
でも、彼がそう言ってくれるのなら。勇気を出そう。「大丈夫なので」 もう一度、恭弥さんの首に手を回し、顔が見られないので彼の首筋に唇をつける。「まったく、お前って」 そう聞こえたが、私たちはもう一度身体を重ねた。「気持ちいい」 その後、海の見えるジャグジーに、後ろから抱きしめられながら浸かっていた。 少し気だるい身体に、温かいお湯が浸透していく。マッサージをされるような気持ちよさに、うとうとしてしまう。「いいよ、眠っても。運ぶから」 そんな声に、私は彼の胸に身体を預けた。「今、俺の隣で眠ってるよ。だから元樹、お前はきちんと見合いをしろ。いつまでもこの子に入れあげていても仕方がないだろ?」 いつの間にか眠っていたのだろうか。聞こえてきた声に、一瞬で覚醒する。 そして、その電話の相手が元樹だとわかる。恭弥さんのその声はとても冷たくて、今まで感じていた温もりが一気に冷めていく。いや、心が冷えていったのかもしれない。「は? 俺じゃなければ、きっとバーテンダーのベッドの横だったんじゃないか?」 それだけを言うと、彼は通話を切ったようだ。ため息交じりにスマホをベッドに置いたのがわかる。 今聞いた声が頭から離れない。 淡々と業務命令のような話し方だった。そこでようやく、彼が私と寝た理由がわかった気がした。 誰とでも遊ぶ女で、元樹を騙しているとでも思っていたのだろう。確かに、お金やステータス目当てで彼に近づく女の子は多い。 元樹に見合い話があり、元樹のために私の誘いに乗ったのだ。元樹のそばから離すために。 今にも嗚咽が漏れそうになるのを、何とか耐える。ここで声を上げてしまえば、起きていることを知られてしまう。 今、ここで彼に直接何かを言われてしまえば、きっと立ち直れる気がしなかった。 そのまま、私はただ目を閉じて彼に背を向けていた。そして、隣から寝息が聞こえてきたと同時にベッドを出て、散らばった服をかき集める。 もう二度と会わない。でも、優しくしてくれてありがとう。 初めて見る穏やかな寝顔に、そう心の中で呟いた。 リビングでそれらを身につけながら、夢のような空間を見渡す。この豪華すぎる部屋が、余計に虚しくなる。 そこで、ボロボロと涙が零れ落ちていることに気づいた。それを強引に拭うと、バッグからスマホを取り出した。 何件もの元樹か
ゆっくり、スローモーションのように、右手で後頭部を引き寄せられたと思った時には、唇がふさがれていた。 触れるだけのキスではなく、焼けそうなほど触れた部分は熱くて、それでいて頭がショートしそうに甘くしびれる。「ん……」 自分の声だと気づくのに、数秒かかったと思う。鼻から抜けるような甘ったるいキス。「君から誘った。今なら撤回できるけど?」 すぐにでも唇が触れそうな距離で、視線を交わらせたまま問われる。 そこで私は、ようやくこうなることを、どこかで期待していた自分に気づいた。「しません」 一夜だけの恋だとしても、それでもいい。そんなことを思う強烈な自分の気持ちに驚いてしまう。「そうか」 恭弥さんはそれだけを言うと、私をなんと抱き上げた。お姫様抱っこのような形になり、私は慌てて彼の首に抱きついた。 そのまま、さきほど見た大きなキングサイズのベッドに下ろされる。 女性とのうわさも多い彼のことだ。今日の相手は誰でもよかったのかもしれない。それでも、そっと優しくベッドに下ろされてホッとする。 欲を言うなら、少しは優しくして欲しい。初めてだということを知られて、面倒だと思われたくはないが、ただの欲求を満たすためだけの行為は悲しい。 そんな私の気持ちがわかったのかはわからないが、彼はそっと私の手のひらを取ると、優しくキスを落とした。「咲良。今日の相手は俺だから。しっかり覚えておけ」 彼も私のことを、誰とでも寝る女だと認定したのかもしれない。今日の私の振る舞いからすれば、そう思われてもおかしくはない。 否定することもできず、ただコクッとうなずけば、彼はゆっくりと唇を重ねた。そのまま慣れた手つきで、後ろのファスナーを下ろされる。 そして次に気づいた時には、すでに下着姿だった。ドレスを着るために少し派手だったが、ストラップのない大人っぽい物でよかった。 そんなことを考えられたのは、ほんの数分だったと思う。 すぐに全身に唇と指が触れ、私は何も考えられなくなった。胸の敏感な部分に口づけられ、誰にも触れられたことのない部分に触れられ、もう何がなんだかわからない。 きっと彼はとてもうまいのだと思う。一瞬で達してしまい、痙攣する私の中に一気に彼が入ってくる。 その瞬間息が止まりそうになるも、彼は優しく私の手を握りキスをしてくれる。 やがて、痛みが
手に握っていたカードキーを、持っていたバッグにそっとしまうと、チェイサーとして置かれていたミネラルウォーターを口に運ぶ。 冷たく心地よい感触が喉をすべるが、簡単には熱は引かない。小さく息を吐くと、私はパーティー会場を出て、化粧室へと向かった。 個室のメイクルームに入ると、私は自分の顔を鏡に映す。不安そうな表情と、最後なのだからと期待する女の自分。 どうしよう……。 何度自分に問いかけても、もちろんはっきりとした答えが出るわけがない。 ずっとここにいるわけにもいかなくて、私は化粧室を出ると、エレベーターホールへと向かった。 このままエレベーターに乗って、フロント階まで降りてタクシーに乗るだけ。そう思っていたのに、私は上層階へ向かうエレベーターのボタンを押していた。 そして最上階へと向かう。このホテルに勤務していたが、最上階に行くことなどほとんどなかったし、部屋に入ることなどなかった。 セキュリティーをキーで解除して、最上階のフロアへと足を踏み入れる。そこは別世界のようで、柔らかい絨毯とアルコールのせいで足元を取られそうになる。なんとかそれに耐えて歩く。 スタッフだけでも何百人といるこのホテル。クラブフロアスタッフとはあまり面識がなくて助かった。知らないコンシェルジュの女性にホッとしつつ、部屋へと案内される。 そして、その部屋がこのホテルで一番のスイートルームだと、この時初めて知った。このホテル自体、全室オーシャンビューのテラス付きという全室スイートだが、その中でも最上級の部屋。 もちろんその存在は知っていたが、ルームナンバーだけではピンとこなかったのだ。 こんな高級な部屋に入ってしまえば、怖気づいて帰るなど言えない。逃げるなら今しかない。そう思いながらも、目の前の女性がにこやかに重厚なドアを開けた瞬間、私は無意識に足を踏み入れていた。 目の前には美しい東京の夜景と広がる海。ホテル自慢のシックなインテリアで揃えられた広々としたリビング。目の前にはフルーツにシャンパンが用意されていた。「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」 いろいろ案内をしてくれていたようだが、まったく頭に入っていなくて、最後の言葉で我に返った。 彼ほどの人になれば、私と過ごすためではなく、パーティーの後に誰かと使う予定だったのかもしれない。 それほど予約が取れる部屋







